幸せは歩いてこない~

だ~から歩いていくんだね~

 

とは、よく言ったもの。

ある種の真意を突いていると思ってます。

33歳に足を突っ込んだ私。

彼女のいない独身貴族まっしぐらな私。

周囲の知人友人が結婚していく中で、周囲から『ROCKは相手に求める理想が高いもんなー』とか勝手にラベル貼られる私。

お前に俺の何を知っているんや!

こっちだって、マッチングアプリで頑張ってるんや!
でもマッチングしないんや!

ちーとばかし、若くてかわいくて従順そうな子を探しているだけや!

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ということで、今回のお題はこちらです。

Rock
幸せには2つあるんです。求めるところが違いませんか。

外的要因による幸せ

『どうしたら、幸せになれますか?』

そんな相談は世界中ありとあらゆる場所でヒトが悩んでいます。

誰だって、ヒトとして生まれたからには、『実現したいこと』『手に入れたいもの』が少なからず持っているから。

あるヒトは、他者からの愛を欲しがり、あるヒトは裕福な毎日を送れる富を欲しがり…

人類史を振り返っても、秦の始皇帝が晩年に不老長寿を求めたのは有名なお話。

コロンブスは巨万の財宝を求めて新天地のアフリカを目指したり。

どんな立場や人種、いっさいがっさい関係なくヒトは幸せになりたいがために行動する。求めるものの善悪はさておいて。

さて、そんな幸せは何によってもたらされるのでしょうか。

それらをまずは検証してみましょう。

恋人が欲しい

一番分かりやすいところですね。

自分をすべて受け入れてくれる心地よさと幸福感は他に変えられないものがあります。

それに、お互いに好意をもって触れあえる身体的接触の喜びは忘れがたい。

与えられる幸せの代表選手である恋人。

その発展が結婚というかたち。

周囲に祝福されながら、愛するヒトと新しい人生を歩む期待感はきっと素晴らしいもの。

家庭が欲しい

結婚した二人の間には、やがて新しい命が宿り、そして親子としての人生を。

自分がこの世界に生きた証を残すということは、生物としての本懐でしょう。

まぁ、そんなカッタイ話は置いておいても、想像でしか出来ませんが、血の繋がったこどもの存在は特別なんでしょうね。

そんな我が子の成長を間近で見守ることの喜びもまた…。

お金や欲しいものを手にいれたい

先程のは目に見えない幸せですが、こうした物質を手にする幸せも同じように誰もが求めてます。

お金があれば、贅沢も出来る。不自由な暮らしもしなくて良い。お金で憧れの○○が手にはいる…。

お金って非常に分かりやすいですよね。

多ければ多いほど、安心するし、気持ちに余裕が出る。

逆に今の私のように、貯金がスッカラカンだと、急な出費が発生する度に気がかりになったり…。

私たちがいま生活している日本や大部分の国は資本主義に則って成り立っているので、お金持ち=幸せ、貧乏=不幸の図式が認知されているのです。

内的要因の幸せ

 

すんごくざっくりしたカテゴリーで幸せの外的要因を説明しました。

どれも、欲しいですよね。いや、ホントに。

でも、気づきましたでしょうか。

外的要因の共通点を。

それは、『幸せが外からもたらされる』ということ。

あなたが自分の胸のうちから生み出す幸せではなく、ヒトからモノから与えられる幸せなのだと。

たとえば、恋人がもたらす幸せをもう一度考えて見ましょう。

恋人の振る舞いで、愛情表現で『嬉しい!』となれば良いでしょう。

ですが、相手からの愛情は自分でコントロール出来ない幸せ。

時には恋人から酷い言動を受け『深く傷付いた!』となれば、不幸に取りつかれてしまいます。

お金も同じように、たくさん持っていれば心の安定ははかれます。

ですが、それはお金から与えられた幸せです。

お金の増減で自分の気分が一喜一憂してしまうのは、いかがなものなんでしょうかね…。

わたしはよく『お金が人生のすべてではない』を持論にしています。

正確には『すべてではないが、お金ありきではある』だと思ってます。

お金を使って、何を手にいれたいのか。実現したいのか。

お金を持っているだけでは幸せではないでしょう。

お金をうまく使うことで、手にいれる『何か』が大事。

内的要因の幸せとは

えっ、なんか新興宗教感が感じる?

いえいえ、別に恋人もお金もモノも私は否定していません。

私自身も外的要因の幸せが欲しいヒトですから。

ただ、言いたいことは『持っている=幸せ、持っていない=不幸』の図式だけが人生では無いと思っているんです。

だってそうでしょう。世界を見渡しても、金がない·恋人がいない·家族もいない…etc

そんなヒトだって沢山います。

それでも、全員が不幸でかわいそうなヒトなんでしょうか?

少なくとも、バックパッカーで世界を見てきた私からすれば、そんなこと無かったです。

ヨルダンで働いてるタクシーのおっちゃんは、50を過ぎても独り身でしたが、毎日いろんな客と会話すんのが楽しいと、とても良い笑顔で笑ってました。

ドイツで出会った若い青年は、アルバイトの掛け持ちをしながら、コーヒーバリスタの修行をしてました。いつかは自分のお店を開いてドイツ人を驚かせたいと。

なぜ彼らは幸せなのか?

そこには、共通点がありました。

仕事の充実

私たちは『仕事をする』ことを生涯の大部分費やしています。

学校で勉強するよりも、倍以上に社会に出て働くことの方が長いこの人生。

そんな仕事には、得るものがあります。

それは、日々生きていくためのお金を手にいれるため。

でも、何よりも大事なのがあります。

それは自己成長を促して、自己実現を得ることです。

マーケティング用語に『マズローの5段階欲求』という法則があります。

これは、ピラミッド型の枠組みに高次元で手に入りにくい幸せからヒトとして当たり前のように受け取っている程度の低い幸せまで、分かりやすく表現しています。

上の図で見ると、外的要因の幸せである恋人やお金による贅沢や物欲は表だと「欠乏欲求」に入ります。

いっぽう、最上の欲求とされる「自己実現」は叶えるのが最も困難な欲求として位置づけられています。

それは、自分の行動の成果を価値として自分自身で認め喜びに変えることは、多大な努力の果てに成されるもの(自己実現の欲求)

その結果として誰かから称賛されたり、受け入れられることはあくまで副産物でしかないからです。

心血を注いで、大きなことを達成した幸せはぶれません。

誰かや何かに依存して得られる幸せなど、欠乏感を埋めるだけの幸せ。ただただ消費するだけのものです。

それはそれでいいのです。私だって、趣味と称して酒を飲んだり、たまに贅沢をしたり、女性と遊んで寂しさを紛らわしたりしてます。

ただ、これはリスクヘッジの考え方だと思ってます。

お金を稼ぐ手段は、この現代において非常に幅広くなりました。

かつてはお金を稼ぐ=会社員人生として、会社から給料をもらうことからyoutuberやブロガーのような普通の人からすれば、いったいどのようにしてお金を稼いでいるのか分からないけれど、しかし確実にそれで生活している人たちも現れています。

会社員として勤めながら、副業が可能になったこの時代。それは、私たちに受け身ではない「自分のあたまで考えて行動する」ことを求められているのです。

お金を稼ぐ手段が給料だけでなく、自分の副業で稼げるようになれば、万が一の時も精神的・経済的に安定します。それだけでリスクヘッジが出来ているのです。

幸せもそういう時代に突入しているのではないでしょうか。

自ら行動することを求められるこの時代に、消費するだけの幸せ・与えられるだけの幸せを追い求めるだけで良いのでしょうか。

「自分の価値」を表現する。創造する。

高次元の幸せを実現するために頑張ることは、毎日を価値あるものにしてくれます。毎日を良くしていこうとする意欲が湧きます。

自分で課した目標を通じて成長する喜びを得る。行動した分だけ「自分はここまでやってきた」という自信につながります。

そういった自分の「内側」から生み出した幸せを味わいつつ、いままでの外的幸せもいままで通りに楽しめば良いのではないでしょうか。

その方が、精神的に安定すること間違いなしです。

自分の依存先を1点に集中すればするほど、ダメだった時のダメージは計り知れません。

自分の依存先がたくさんあれば、万が一の時でもあなたはきっと前を向いて笑っていられるはず。

あなたの目の前にある「仕事」や自分の大好きな「趣味」を通じて、自分を表現していきましょう。

そこに、「自己実現」というぶれることの無い幸せがあるのですから。



自分らしい自分だけの人生を

33歳元バックパッカーのわたしがこのブログを立ち上げた経緯や読んでいただいている方に伝えたい目的を紹介しています。